09.平凡ということの非凡

平凡ということの非凡

  〜Hシリーズと建築家 半田雅俊について考える〜

災害経験より生まれた「びおハウス」

町の工務店ネットは、各地の地域工務店によって構成されるネットワークです。私たちの仕事は、超高層マンションを建築することでなく、地べたに近いところで生活する人達の家を造ることです。生活は、毎日の営みです。各々の暮らしの本拠となるのが住まいです。
2011年3月11日に、東日本大震災が起こって、生活の拠点が破壊され、家の安全性がいわれるようになりました。家は、「家族の絆」を育てる場でもあると……。

私たちは、この震災経験を踏まえ、「びおハウス」と名づけたプロジェクトを発足させました。「びお=bio」は、ギリシャ語の「bios(生命の意)」を語源とする言葉です。
私たちは、当時、盛んにいわれた「エコ」を声高にいうのではなく、地に足をつけ、真に「びおハウス」と呼べる家を実現し、生活の場そのものが生命体といえる家を造りたい、と願望しました。そのために地域工務店と、建築家が連携し、協同・協働しようではないか、とプロジェクトを開始したのでした。

このとき、真っ先に駆けつけてくれた建築家の一人が半田雅俊でした。半田は、「びおハウス」シリーズのうち、最もプロトタイプに徹した住宅を提案してくれました。それが、この「Hシリーズ」でした。
水をやる人

ライトに学んだ半田雅俊

半田雅俊は、建築家・遠藤楽を師とし、師と同じように、フランク・ロイド・ライトの工房「タリアセン」に学び、仕事をした建築家です。ライトは、アメリカを代表する建築家として知られ、日比谷にあった旧帝国ホテルの設計者として知られます。
ライトは、お施主のおカネを使いたい放題に費消した落水荘のような住宅がある一方、ベーシックな家に情熱を持った建築家でした。彼は、大恐慌後の疲弊した経済下にあって、収入の少ない若いジャーナリスト、ジェイコブズとその妻キャサリンのために一軒の家を建てました。それが最初のユーソニアンハウス(一般的な家族のための手ごろな価格でコンパクトで魅力に満ちた住宅)です。
 ライトは「手ごろな価格の家をつくることは、アメリカにとっていちばん大きな建築問題」(『ライトの住宅』遠藤楽訳 彰国社刊)だといい、「この時代のさまざまな便利な発明・工夫の恩恵を、この少人数のジェイコブズ一家が享受するためには、多くの単純化が必要である」と言いました。
ライトは、共通のディテールと工法により、徹底的な単純化をはかり、美しく、実質価値の高い小住宅を生みました。設備では、新技術であった重力式暖房(現在の床暖房)を導入しました。コストからみて、入りようのない設備を、コストを抑制する建築手法を駆使して実現したのでした。自身それを設計の文法だと言いました。この取り組みはライトの業績の中で特筆すべきことです。

半田はタリアセンに学んだということもありますが、ライトの系譜に属する建築家のなかで、「普通の家」をどうするかについて、最も強い関心を持って取り組んでいる一人です。
フランク・ロイド・ライトの言葉

「普通の家」の要諦

建築家は、依頼されたクライアントのために設計を提供することを業とし、作家建築として評価されることを望みます。一品設計であり、稀少性が高いが故に、高い設計費を戴けるのです。事務所経営からみると、レベルの高い建築作品を生むのが必須条件とされるのです。

ベーシックハウスの取り組みは、ライト以外にも多くの建築家が取り組んできました。しかし、それは稼げる仕事がある傍ら取り組まれたことであって、それに特化して取り組んだ建築家は珍なる存在です。
半田は、この点で特異な建築家といっていいでしょう。半田は“住宅作品ではない良質な住宅”の必要を説きます。日本の住宅寿命が30年程度なのは、建物を流行のデザインや生活スタイルの変化、設備の進歩に合わせてきたからで、昔の「田の字」型の家のように原理を持ってこなかったことが原因だと見ています。

半田の設計で特徴的なのは、形態や機能から入るのではなく、構造から入ることです。半田は、ちゃんと考えられた木構造の家は、100年は持つと言い切ります。変わらないものとしての構造と、変るもの、あるいは代わるものとしての内装や建物の機能や設備を明確に仕分ければ、建物の寿命は間違いなく伸びると言うのです。樹齢100年の木を用いるのに、その木が育った時間だけの寿命を全うさせることなく建物を朽ちさせてはならず、それは建築に携わる者の義務だと。木は鉱物資源と違って、再生可能な「地上資源」だから、と。

「ボディ&リフィル住宅」へ

このように見て来ると、半田が「ボディ&リフィル住宅」にたどり着いたのは、一つの帰結といえましょう。木造住宅は、永く住み続けられるだけでなく、持ち主が代わったり、コンバージョンされても、ボディは残ります。建築は部位によって、寿命は異なりますが、部分的に作り換え、取り換えれば、ボディは生き続けることができます。建物を短サイクルに終わらせているのは、家の造り方・考え方自体にあると、半田は結論づけます。建築主の注文に沿って「間取り」をまとめ、流行の建築材料や設備を用いるのが、これまでの建て方でした。建てて10年経ち、20年経つと段々と住み難くなり、改修・改築を繰り返すと、本人にはよくても、他人には奇妙キテレツな家に成り果てる例が少なくありません。人は常識に捉われるので、旧来的な建て方に従いがちで、半田の見方・考え方は突飛な印象を持たれるかも知れないが、よく考えると半田が言っているほうが正鵠を得ているのではないでしょうか。

建築主の注文に沿うと、建物は凸凹しがちです。Hシリーズは単純な4角形を基本とします。半田は凸凹する建物を否定しているわけではありません。凸凹を是とする趙海光の「現代町家」を高く評価しています。敷地と住まい手の生活に即して、さまざまな形態の建物があることを認めた上で、手頃な価格で、強・用・美を統合した実質価値の高い住宅を入手する最も有効な方法を編み出したのです。
けれども半田は、ローコストを自己目的化しません。合理的に造ることによって無駄なコストを削り、費用対価値の高い家を本意とします。
一見融通が利かないかに見える4角形の建物ですが、半田の考え方に立って見ると、意外や自由で自在のものであることが分かってきます。
自転車

平凡ということの非凡

日本の大地は、毎日どこかで揺れています。人生を犠牲にしない家は、工務店が造る家の基本要件です。そしてまた、小さなエネルギー源で、寒くなく暑くない家を実現することは、持続可能な環境の面から重要なポイントです。それはこれからの住宅が備えるべき基本要件です。

どの地域の、どの家においても実現されるべきことですが、それを限られた予算のなかで、100年という単位で実現するとなると、これは非凡なことではないでしょうか。それを実現するには制約が少なからずあります。本サイトに、それを具現化するためのルールを記載しました。ルールを持つことにより、誰もが容易に一軒の「非凡」な家を入手できる道筋を半田はつけたのです。

半田の意図通りに家がつくられ、住み込まれるには、工務店と住まい手がルールをよく理解し、楽しめるものに高めなければなりません。ルールは、手かせ足かせのものではありません。野球のベースを逆回りしたらゲームは成立しません。ルールを守り活かすことでスポーツは成り立ち、楽しめます。

家は3代、100年といわれます。しかし、3代同じ家に住んでいる家族がどれだけいるでしょうか。このサイトのなかに「家の記憶」のページを設けました。建物寿命が30年では家族の記憶も何も育ちません。自分が坐っていた椅子に、3代後の見も知らぬ未来世代に引き継がれる、そんな家づくりを期待します。
蝶

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